マイナスドライバー
「襲われた!?」
深夜、人もまばらになったファミリーレストランの一角に素っ頓狂な声が響いた。
テーブルに座るのは二人の男。
一方はスーツ姿。もう一方は学生服姿で、その共通点は窺い知れない。
叫んだスーツの男の視線の先で、高校生らしき少年が手元のグラスの氷をストローでしきりにつついている。
目を見張るのはその容姿。
少年は一見性別を感じさせないそれは端正な顔立ちをしていて、驚くほどに整った容姿の持ち主だった。学生服さえなければ一見で性別を間違いかねない。
「そう、いきなりね」
恐らく突然の告白に驚愕したスーツの男を差し置いて、どこまでも淡々たした表情を浮かべる少年に、向かいの男はそれは大仰にため息を漏らした。
「襲われたっていうのは……」
「押し倒された。犯されそうになった」
抑揚なく吐き出される言葉に、一方の男はマジかよ、と声にならない声で呻く。
そんな反応には目もくれず、少年はテーブルの端にある呼び出しボタンを押した。
間もなく現れた店員に「チョコレートパフェ」と一言告げる。
男はその様子を呆れ顔で見つめ、片手を額に押し付け俯き、唸るように問うた。
「いつだ?」
「一昨日くらい。最初は道を聞かれたんだ。案内してくれって言われた。路地に入ってすぐに足を払われた。最初はカツアゲか物取り思ったんだけどね」
馬乗りになった男は制服のシャツのボタンを引きちぎり、躊躇いなくベルトに手をかけた。
その様子を告げる声は、どこまでも淡々としていて。
男は眉間に深い皺を刻みながら煙草の箱に手を掛け、中から一本取り出すと口へ運ぶ。うろうろとライターを探りながら、無言で先を促した。
「で、どうしたんだよ」
「マイナスドライバーで殴った」
「はぁ?」
「殴った?」とそのまま繰り返される言葉に、少年はうんうん、と首を縦に振る。
想像を遥かに突き抜けた回答のせいか、男の口からぽろりと煙草がこぼれて落ちて、テーブルの上で小さく弾んだ。
「たまたま、マイナスドライバーがポケットに入ってたから、それで殴った。ていうか刺した」
目をまあるく見開いた男は、額を支えるように片手をつくと「おいおいおい」と低く呻く。
「だってそれしかなかったんだ。それとも大人しくやられた方がよかった?」
「いいや、そうじゃない。無事でよかった。でも、」
刺すのはなぁ、と悩ましげな声を漏らす。
「まぁそんな状況で刺されたんじゃ、相手も出るに出られず、か。……うん、とにかくお前が無事でよかった」
その言葉を聞いて、少年は初めて眩しいほどの笑顔を見せた。それを真正面で受け止めた男は、呆れたように微笑む。そして「後で詳しく聞かせろよ」と言うと視線を落としてようやく煙草に火をつけた。
「──でもお前、なんでマイナスドライバーなんて持ってたんだ?」
「それはまぁ、たまたま」
「たまたまねぇ……」
用途は追求しないが、やるときは俺らに絶対にばれないようにやれよと男が軽く笑う。
それはもう、神に誓ってと少年も悪戯っぽく笑った。
間もなく運ばれてきたチョコレートパフェをつつきながら、少年はどこか無関心そうに呟く。
「…………明日は?」
「非番」
「じゃあ今日泊まっていい?」
泊まる。決まり、とこちらの答えを待たずに即答する姿に、男はくつくつと肩を漏らした。
「マイナスドライバーは閉まっておけよ」
刺されたら困る、と笑う男に、
「もちろん」
生クリームを掬いながら、少年はにっこりと微笑んだ。
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